アラケン先生の那須雪崩事故論文を山好きお天気屋さんが読んでみた

ちょっと前に気象研究所のアラケンこと荒木健太郎さんが発表した2017年3月の那須雪崩事故に関わる論文。
(報道発表)平成29年3月27日栃木県那須町における表層雪崩をもたらした短時間大雪について@気象研究所

主に気象イベントとして那須で何が起きてたかについてまとめたもので、内容が気になってる山好きさんも多いはず。
ただしもちろん〝論文〟なわけで、気軽に読むにはちょっとツラい…。
そんなアラケン先生の論文を山好きお天気屋さんのぼくが山好き視点で勝手につまみ食い!ってのが今回のお題です。

あくまでも読みたいところを読み取った&勝手に解釈してるだけなので、このブログを読んで「アラケン先生がこんなこと言ってたんだって~」とはならないのでご注意を。
元の論文をそのまま読む気になる人はもちろんそちらをどうぞ。

さて、ここから本題です。

論文の項目は
・観測&解析データを使って事例解析
・数値モデルを使って再現実験
・アメダスデータを使って統計解析
・雪崩について
な流れ。

でも、ぼく的に山好きにとって重要と思う順番に勝手に並び替えて解説してきます。

①那須ってどのくらいの頻度で大雪になるの?
元論文では後半の扱いだけど、まずは那須エリアの降雪特性についての話。
この項目(4項)を読むにあたり、押さえておいてほしい前提条件が。

この統計調査はあくまでも標高750mくらいにあるアメダス那須高原のデータを使ったもの。
山岳域には滅多に観測データがないので仕方ないけど、今回雪崩事故が起きたような標高1500m級の山岳域のデータを使ってる訳じゃないってことはしっかり覚えておいてください。
実際、地図で見るとこのくらいの差があります。地理院地図に加筆

さて、それじゃ改めて那須エリアの降雪特性の話へ。
アメダス那須でまとまった雪になったイベントを気象現象別に仕分けたのが表1。荒木健太郎,2018より引用

どちら側かというと太平洋側エリアに面してる那須エリアだけど、冬型気圧配置による大雪が6割強。
強い冬型になるとしっかり那須エリアまで雪雲が流れ込んでくるってこと。

最近だと2017/12/27が冬型による大雪事例。
衛星画像と天気図を見るといかにも冬型!って雰囲気です。

そして冬型以外にも太平洋側の降水イベント、南岸低気圧よる大雪もそれなりに。
前線を伴う/伴わないで分けてるけど、合わせると約3割。
もちろん今回の那須雪崩事故(2017/3/27)もこちら。

じゃあ今回みたいな南岸低気圧による大雪はどのくらいの頻度で起きるか、を調べてるのが図12。
現象の度合いの分布からどのくらいの頻度で起きるのかを求める手法です。荒木健太郎,2018より引用

この図から読み取って「数年に1度、3月としては20年に1度」というのが論文内の結論です。

ただし!

山好きとして忘れちゃいけないのが、これはあくまでも標高約750mにあるアメダス那須での話ってこと。
標高が大きく違うってことは、気温もかなり違う。
これだけ標高差があるとアメダス那須では雨だけど、山岳域では雪って事例がそれなりにあると考えた方が自然です。
さらに、比較的気温が高い降雪イベントである南岸低気圧の方がこの標高差による条件の違いが大きく効く可能性も十分。
(冬型による大雪は寒気がたっぷり流れ込んでる最中のイベントなので、南岸低気圧に比べて気温が低い傾向。この辺は5.2項、図16あたりで触れられてます。)

山好きとしては「山麓でも数年に1度、3月としては20年に1度起きる雪。そして山岳域はもっと多いかも。那須は思いっきり雪山だ!登るからには雪山装備&心構えを!」といった理解でいたいところ。

続いて、ちょっと気象学な話。

②どうしてこんなに降った?
山岳域にはほとんど観測点はないってのは前に書いた通り。
こんな時によく使われる手法が数値予報モデル(コンピューター)による再現実験です。

・気象庁が普段天気予報のために使ってる設定よりずっと細かい領域で数値モデルを走らせてみた。
・アメダス那須のデータで検証したら結構いい結果。
・だから数値予報モデルの表現から色々考察してみるよ。
ってのが2.1項と3項の話。

降雪の仕組みについて書いてる3.4&3.5項をざっくりまとめると
①低気圧の北側で湿った北~東風が吹いてた
②この風が那須岳の北東斜面に当たって上昇気流になってた
③この上昇流域ではうまく雪を降らせる〝種まき効果〟ってのが効いてたみたい
④その結果、那須岳の北東~東斜面で短時間にまとまった雪になった
こんな感じ。

①②④だけだと冬に日本海側山岳域でもっさり雪が降る理由と同じ。
でも、今回は高いとこからの降雪粒子×中下層の湿った上昇流域とのコラボ(種まき効果、Seeder-Feederメカニズム)も効いてたみたいってのが気象学的なポイントになってます。

シーダー・フィーダー効果の概念図、雲の微物理過程の研究,荒木健太郎(気象研究所)より引用

まあ山好きとしてはその辺の細かい話はあまり重要ってわけじゃなく、シンプルに「山に湿った風が当たると風上側はいっぱい降るよね」だけでもいいかなと。
Seeder-Feederメカニズムってのが効いたらしいぜ…と盛り上がれる人を山仲間から探すのはちょっと大変な気がしますw

続いて次のテーマ。
③どんな低気圧だと大雪になるか
ってのが5.2~5.3項の話。

これまたざっくりまとめると
・風速や気温、水蒸気の流れこむ量あたりじゃハッキリした傾向は見られず
・降る時間が長いと雪も多いって傾向がある
・閉塞しつつある南岸低気圧の時は短時間で大雪になることもある
ってところ。

ここからはぼく個人的な感覚だけど、南岸低気圧で那須エリアにしっかり雪を降らせるには湿った北東~東風をどれだけしっかり吹かせるかがポイントになりそう。
そのためにはスルッと通過&遠ざかる普通の低気圧ではなく、上空の流れから取り残されて動きが鈍くなる〝閉塞〟ってキーワードが効いてきそう。
那須雪崩事故の時の気圧配置みたく、東西に低気圧が並ぶとさらに効率よく湿った東風を運び混むのかなぁと。

ただ、こういった低気圧の傾向から降雪●cmなんて予想に繋げるのは他にも要素が多すぎてまず無理な話なんで、「関東付近で発達したり動きが遅い低気圧にはより一層注意」くらいの意識で十分な気がします。

そして最後に雪崩の話。

④南岸低気圧の雪は雪崩やすい?
これは5項で触れてる内容。
南岸低気圧の層状雲による降雪はさらさらした雪や、細かなツブツブが着いてないキレイな樹枝型結晶が降ることが多く、崩れやすく〝弱層〟として振る舞うことがある。
ってのが、日本の雪氷学界隈で一般的な認識。
今回もそんなタイプだったと思われる、ってのが結論。

ただし!

山好きはこれだけで終わっちゃダメ。
「南岸低気圧の雪には気をつけるぞ。今日は違うから気持ちいい斜面にみんな同時にヒャッハー!」とかしようもんなら間違いなく寿命は短くなります。

南岸低気圧が関わらない雪崩もたんまりあるわけで、南岸低気圧に要注意=南岸低気圧以外は大丈夫 とは絶対なりません。

南岸低気圧だろうが、冬型だろうが、まとまった雪が降ったときは最大限に雪崩への警戒が必要。
もっといえばそこに雪の斜面がある限り、雪崩の可能性があると考えて行動すべき。

気象学や雪氷学の知識も大事。
でも、登山者自信の身を守るのに一番大事なことは、どういった場所が雪崩の危険性が高く、どうすればリスクを最小限に留める行動になるのか。
そのあたりの知識&判断力じゃないでしょうか。
今回の雪崩事故も南岸低気圧の雪だから起きたのではなく、雪山における行動が間違ってたから起きた、の方が本質的だと思うので。

世の中の雪崩に関する書籍も、雪氷学的なウェイトが大きめな本、行動判断にウェイトを置いた本、といろんなタイプが。

最近出た本だとこの辺が雪崩入門書。
前者は雪氷学的要素、後者は行動判断にウェイトが置かれた構成になってます。
どっちもいい本だけど、ずいぶんと雰囲気が違うんで読み比べてみると面白いです。
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最後に、引用&関連資料をまとめて載せときます。

荒木健太郎,2018: 低気圧に伴う那須大雪時の表層雪崩発生に関わる降雪特性. 雪氷, 80, 131-147.
荒木健太郎,雲の微物理過程の研究
防災科学研究所による現地調査:概要版詳細版
日本雪崩ネットワークによる現地調査
衛星画像(可視):ひまわりリアルタイム@NICT
天気図:日々の天気図@気象庁

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