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南極からの帰り道

ただいま日本、ただいま我が家!ってなわけで無事に帰ってきたのが3月20日。
コロナさんによる移動制限をギリギリかわしての帰国でした。関係者の調整にホントに感謝です…。
しらせで越える赤道の旅もちょっとだけ気になったけど。

色々激変な気分で過ごしてる中、新年度になる前に昭和基地からの帰路をざっくりご報告です。

60次の越冬隊としての役目を終え、昭和基地を離れたのが2月4日。
見送る61次隊視点は61次隊のブログ 昭和基地最終便 ~ありがとう60次隊・夏隊~をどうぞ。

CHに乗って空から眺める昭和基地周辺。手前から奥に向かって伸びる2本の線はしらせが砕氷した航跡。

ちょっとしたフライトで1年ぶりのしらせへ。上空から眺める氷海、そしてその中ににたたずむしらせの姿が美しい。

昭和基地があるのは東経40度、南アフリカの南くらい。ここからまずは南極をぐるっと1/3周して東経150度に行ってから北上してオーストラリア東岸のシドニーを目指すのがお決まりのコース。第61次南極地域観測計画@極地研より

このぐるっと回ったり北上したりする間に何をしてるかというと、せっかくわざわざ南極に来たんだから途中の海や空もしっかり観測せねばってことで各種観測をしながらの航海になります。
特に今回の61次隊ではここでの海洋観測が目玉。科学的にとっても気になるけど、まだ誰も本格的に観測できてないトッテン氷河周辺でしっかり時間かけるために例年より長めの約45日の航海でした。

どんな海洋観測してたのか気になる人は…第61次南極地域観測計画61次隊の公式ブログをどうぞ。
ごめんなさい、丸投げします(^^;)

こんな海氷が分厚い海域に世界初の成果を求めて切り込んで行けるのはしらせのおかげ。観測船として見るとしらせの観測設備は控えめ。その代わりに観測船としては世界最強クラスの砕氷能力。

氷を割り、時には巨大な氷山の間を縫うように進む船旅は凄いの一言。

トッテンに向かう途中ではこんな不思議な色をした氷山も。

時々あらわれるクジラや海氷の上で休憩してるペンギンも旅に華を添えてくれる。

天気の悪い日が多かったけど何日かは船の上から満点の星空、少しだけオーロラも。

海洋&船上観測チームは忙しい日々だけど、自分含む昭和基地での仕事がメインな人たちはサポートする程度で比較的余裕のある生活。船でもゾンデ上げたり、昭和での観測データチェックしたり、報告書作ったり、最後の南極を感じながら艦上体育したり。

トッテン氷河の観測が終わるとオーストラリア東岸のシドニー目指して東経150度を北上。
そこに待つのは吠える狂う暴風圏!…だけど、ぼちぼち揺れたくらいで済んでホッとしたような物足りないような。

でも部屋のイスを固定しないと流れる程度には揺れましたw

北上開始して間もなく、最後の最後でこのオーロラはアタリだ!って日にすぐ曇ってしまったのは本当に残念…。船が揺れるからISO感度上げまくりの粗々写真です(^^;)

北上するにつれて日ごとに見た目が変わる海と空、上がる気温に極域を離れて中緯度に向かってることを実感。ポコポコっとした積雲、極域じゃかなりのレア物です。

そしてついに1年半ぶりの文明圏へ!ちゃんと?岩石でできた大陸の堂々たる存在感

そういえば飛行機雲もしばらく見てなかった

シドニーは噂通りの街並みの美しさ。散歩したり寝転がると最高に気持ちよさそうな海辺の公園。

ただしコロナ騒ぎで上陸はNGで帰国日程も前倒し。
なんとも生殺し感たっぷりだったけど、目の前に上陸制限中のクルーズ船が浮かんでるの見たら納得するしかありませぬ…

シドニー入港の翌朝にはしらせを下船。往路復路合わせて2ヶ月以上。本当にお世話になった凄い船。
明るいとこでちゃんと眺める&お別れしたかったなぁ。

久しぶりのバス。

久しぶりの飛行機。シドニー空港のJALカウンターではほっこりするオブジェ。

空からシドニー港に浮かぶしらせに別れを告げたらしばしの空の旅。わかるかな?

久しぶりの日本、久しぶりの60次夏隊メンバー。

そして久しぶりの家族。生後2ヶ月でサヨナラして1歳半になるチビ子には予想通りめっちゃ距離取られましたw

草、桜、川、街、スーパー。
あとはあんまり嬉しくない通勤電車。

色んな“当たり前”との再会。
そんな南極帰りの余韻と違和感を味わうこの1週間。

なんだけど、そんな気持ちをチクチクと邪魔してくれてるのがこのコロナ騒ぎ。
天災みたいなもんだから仕方ないし、家族と離れて南極にいるよりはずっとよかったとは思うけど…

早いとこ落ち着いてもっと日本を味わせてくれ~!

さよなら、昭和基地

2月4日、今日はついに昭和基地を離れる日。

振り返れば昭和基地に降り立ったのは2018年の年末。

右も左も分からない状態で、60次夏期間には気象部門としての仕事をしながら人生初の建設現場にも就職w

昭和基地で働くだけでなく超ド級の自然の中で野外調査をサポートする貴重な経験も。

夏隊が昭和基地を去り、31人で始まった越冬生活は繰り返しやってくるブリとの闘いの日々

寒い、暗い、しんどい。
でも、晴れた日には凄い景色が広がる。極夜の南極

寒くて暗い冬ならではのイベントも楽しみつつ冬を越す。

極夜を超えて昼が長くなり始めると野外活動が再び活発化。
野外の一大イベント、内陸旅行に参加してなかなかしんどいけど本当に貴重な体験をさせてもらった。

内陸旅行から帰ってきたと思ったら、気象部門のメインイベントである気象棟から基本観測棟への移転でバッタバタ。

移転後の混乱が少しは落ち着いたかな?って頃には61次隊が到着。
これまたバタバタな引継ぎ&夏作業が目白押しの慌ただしい日々を送って、2月1日に越冬交代。
そして今日に至ってます。

基本的に慌ただしい日々がずっと続いて、あっという間に昭和基地で過ごす時間が終わった感じ。
新しい世界の中で頑張れたことや得たものがいっぱいある一方で、力不足を痛感したりやり残したりしたこともいっぱい。

それでも差し引きすると圧倒的にプラスの方が多いんで、南極観測隊の一員としてここで働けたことは本当に幸せだった。
そう思える1年でした。

この時間を過ごせたもの、自分を送り出した後、チビたちを必死に支えてくれた奥さんのおかげ。
本当に感謝しかないです。

南極観測隊に参加することのメリットデメリットはそのうちゆっくり振り返ろうと思うけど、行ってみたいな…と思った人は大切な人への意思表明だけは早めにどうぞ。

いま、日本では62次隊が始動しようとしてるところ。
2020年夏にはその次の63次隊の公募が始まります。
気になる人は南極観測@国立極地研究所をチェックしてみてくださいな。

それでは、昭和基地最後の夜からさようなら。
海洋観測をしながら1ヶ月強の船旅。
次にネットが使えるようになるのは3月下旬になります。

第1次隊の足跡さがし

1月29日、それは昭和基地の誕生日。

日本の南極観測隊がオングル島で上陸式を行い、昭和基地の開設を決めたのが1957年1月29日。

そんな昔に初めてたどり着いた南極の地でたった2週間で4棟の建物を作り、越冬開始。
なんて凄まじいことをしてたんだとつくづく思う。昭和基地開設の日@極地研:南極・北極科学館より

そんな1次隊の足跡が昭和基地にはいくつか残ってます。

まず、一番簡単に拝めるのが1次隊が建設してまだ現存してる建物である旧本屋棟→旧娯楽棟、通称:旧バー。
こんな赤い建物で、旧バーってだけあって中にはバーカウンター。
今ではほとんど倉庫としか使ってないけど、歴史的建造物ってことで保存に向けてあれこれ考えてるとこです。

どこにあるかというと昭和基地の看板で有名な“19広場”の裏。
昭和基地についてとりあえず記念撮影すると、もれなく旧バーも一緒に写ることができます。
ほらね。

つづいて、最近分かったのが1次隊が持ち込んだ棚。
1次隊の気象隊員から使い続けてきたのか気象棟にあったもので12月に基本観測棟に引越してからも元気に活躍中。
見たい人は気象観測室を見学ついでにどうぞ。

そしてもうひとつ。
ちょっと足を伸ばす必要があるけど、ここがまさに1次隊が上陸した場所!

正確には上陸したのは西オングル島。
昭和基地はごく細い海峡を跨いだ東オングル島にあります。

西オングル島と東オングル島を分ける“中の瀬戸”。
その先にある上陸地点までは昭和基地中心部から歩いて約1時間半。↑下見の時の写真

ガレ場を歩き

入り江を巻いて

ペンギンの腹跡だらけな雪田を渡り

水面が輝く大池が見えたらもう少し。

ぼくが行ったのは12月だったけど、9月に行った時はガチガチに凍った大池の上を歩いていってた。
なんともうらやましい…。
もちろんめっちゃ寒かったらしいけど。第一次隊上陸点到着!@昭和基地NOW!!より

この上陸地点は北の海を眺める昭和基地とは反対に、南側が開けてて氷山や隣の露岩域:ラングホブデがよく見える。
景色だけ見たらこっちの方が好みだな~と無責任に思いつつ、まあ色々考えて今の場所に落ち着いたんだろうけど。

この時、9月では見つからなかった、この上陸地点で1次隊が旗を立てた岩ってのを見つけるのを目標にしてた。
実際に探してた時は確信がなかったけどなんとか出会えてたみたい。昭和基地開設の日@極地研:南極・北極科学館より

山の手前、中央下に見えてるのが1次隊が使った岩。
足元に埋まってる岩が薄っすら見えてたんで頑張って掘りましたw

全てが初めて、全てが冒険。
そんな熱い男たちが過ごした時間にちょっと触れる、そんな素敵な場所でした。

そんな1次隊から続く、日本の南極観測のバトン。
まもなく60次隊から61次隊へ渡ります。

基本観測棟、改造中

12月2日に気象棟から引越しして気象部門の観測業務が始まった基本観測棟。
もう本格稼働してるんだけど、実はいまも大がかりな工事中。

何をしてるかというと、61次夏隊の設営チームの大仕事のひとつである新しい放球デッキの建設工事。写真の奥に見えるのが放球棟。
風船に付けた機械で上空の気温や風を測る、ゾンデ観測の作業場所。

今まで気象部門の拠点は気象棟と放球棟って2つに分かれてたけど、基本観測棟への移転と共に放球棟の機能も集約予定。
新しいデッキが完成&設備が整えばブリ中に楽しい…じゃなくて大変な思いをして放球のために気象棟~放球棟間の移動をする必要がなくなることに。

そして基本観測棟に集約されるのは放球棟だけじゃない。

地学棟

電離層棟

そして環境科学棟

すでに移転した気象棟に加え、基本観測棟にはこれだけの建物の機能が集約される予定。

小規模&分散して管理が非効率になってる昭和基地の建物の再編計画の第一歩が気象棟の移転。
そしてこれから次々と引越し&建物の撤去が行われることに。
このタイミングに当たる担当部門の人は結構大変な目に会うだろうなと。
それまでに基本観測棟の中に散らかってる気象の荷物も片付けないと。
ってか本当に全部荷物入るんだろうか・・・

ついでに、せっかくなんで基本観測棟の中がいまどんな状態なのかも軽くご紹介。

南極昭和気象台(自称)に行きたかったら長い階段を上がって2階からどうぞ。
新築らしく玄関もとってもキレイ。
靴の泥や砂はちゃんと落としてから入ってね。

入ってすぐが共用のくつろぎスペース・・・になる予定。
今のとこ荷物置き場&諸々の作業スペースとして使っちゃってます。

奥に進んで右側が気象部門の拠点である気象観測室。
気象棟の看板や神棚もこの部屋に引越してます。

オゾン観測の代名詞、ドブソン分光高度計が鎮座するドブソン部屋もちゃんとある。

そして屋上。
冬にはまだ何もなくてオーロラキャンプの会場にもなった屋上デッキだけど、今はもう色んな測器が並んで観測中。
昭和基地をぐるっと見渡せる一等地だけど観測に影響出ちゃうから見学は階段の上部まででよろしくです。

ちなみに、今まで無線で気象情報聞いたりする時は気象棟って呼び出されたけど、新居になって何て呼ぶかはまだブレブレ。
“基本観測棟”には他の部門もいるし、“気象観測室”じゃ長ったるいし。
結局元の“気象棟”で落ち着くんじゃないかな~と思ってるけど61次で流れが決まるのかな。

気象棟が無くなって、基本観測棟がホントの完成に近づいて、これから続々と観測拠点の集約が進んで。
令和という新時代に向けて昭和基地も動いてる、ような気がする。なんとなく。

さらば南極大陸

越冬終了に向けて各種作業が目白押し。
そんな中で大変だけど楽しみにしていたのが、昭和基地を離れた大陸上にある拠点“S17”での野外オペ。

ちょうど1年前、南極に着いて初めて“南極大陸”に降り立ったのがS17。
すぐ近くのS16ってポイントと合わせて、日本の観測隊にとって大陸への玄関口みたいなところ。
今回は自分が引継ぎを貰ったように、61次隊の後任者に引継ぐためのオペレーション。

これが1年前。

そして・・・いま。(11月頭の様子)
そりゃもう見事に建物が屋根まで埋まってらっしゃる。

雪&氷の足場しかない大陸上に何かを置くと沈んだりドリフトついたりで苦労させられるのがド定番。
このS17もお約束通り見事な埋まりっぷり。
去年来た時は除雪車両の支援があったけど、今シーズンは諸々の事情でここからスタート。

そんなわけで。

しらせの屈強な戦士たちの支援を得てまずは掘る!とにかく掘る!

しらせ支援のおかげで初日の午前中でなんとか入り口確保。
3m近い雪の中、もはや完全に地下施設w

中にある機器にもアクセスできるようになって無事にメンテナンス作業実施。
しらせ支援がなかったらどんだけ時間かかったのやら。
考えるだけで恐ろしい。

ちょっと離れた場所では一緒に行った気水チームがこれまた観測機器の掘り出し中。
南極で観測データを得るってのは設置物の維持だけでもホント手間がかかります・・・

食堂&寝床となる雪上車の立ち上げなんかもやってるうちにあっという間に夜。
夜遅いしもう寝るか、と言いたいけどこんな景色を目の前にすぐ寝るのはもったいない。

深夜の夕暮れに染まる南極大陸。
ただただ美しい・・・

翌日もヘリのピックアップ時間を気にしながら雪堀り、機器のメンテ、拠点入り口の雪除け、雪上車の給油&立ち下げと慌ただしい1日。

なんとか撤収準備ができたら任務完了と61次隊2人の大陸デビューを祝って記念撮影。

迎えにくるCHヘリがまたカッコいいぜ!

ちょっと嬉しいおまけとして、さらに内陸のH68ってポイントに寄り道して別チームをピックアップ。

空から眺める南極大陸も本当に綺麗。

1年前に行ったスカーレンや、クラックに阻まれてたどり着けなかったラングホブデといった露岩域にも空からご挨拶。

ちなみに寄り道先のH68も2ヶ月に内陸旅行で必死に掘った場所w

観測機器の横に残った雪上車の跡が本当にそこに来たことを物語ってた。
ホントに内陸は雪が積もるペースがゆっくりなんだなぁ。

これで自分が南極大陸に上がってする仕事は終わり。

あとは昭和基地でいつも通りの観測をしつつ、観測データのチェック、気象棟移転に関わる資料の更新、61次への引継ぎをひたすら頑張るのみ。

色々大変だったけど本当に充実した時間だった。

南極、ありがとーー!!

そんな挨拶を(心の中で)叫んできたのが1月8日。

今は死にかけの目で必死に残務と闘ってます・・・

昭和基地で過ごすのもあと2週間。

61次隊が来た!

気象棟から基本観測棟への引越しをなんとか乗り切ってホッとしたのも束の間。
ついに越冬終盤の大イベントが発動、それは61次隊のお迎え。

60次越冬隊だけで過ごした約10ヶ月。
特殊な環境に閉ざされたムラ社会に慣れ切った31人に環境の激変が襲い掛かる!

遠くに見えるしらせから何か飛んできたと思ったら

爆音とともにCHヘリが登場!
見知らぬ物体と爆音にパニックとなり逃げ惑う60次隊…ってほどは退化してないけど、久しぶりに文明の塊に遭遇した感たっぷり。

そしてこれまた久しぶりに見る人が多い景色。

食堂にこんなに人がいるのも59次越冬隊や60次夏隊を送り出した2019年2月以来。

61次隊が来たことで昭和基地の色んなことがガラッと変わる。

まず、景色に荷物が増えた。
CHヘリに搭載して運べるコンテナ、通称スチコンの塊があちこちに。

そんな荷物の最初は“初荷”としてデコられるのがお決まり。
しらせ艦長の名を関した“竹内海運”からのプレゼント。

スカスカになってた冷蔵庫&冷凍庫にも食材を搬入。

そして食卓にひっさびさに解凍ではない生モノが登場!

千切りキャベツ、目玉焼き、ビール。

さらに… びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛!
たまごかけご飯w

シャキッとしたリンゴも美味い!

こんな味だっけ、こんな食感だったっけと盛り上がる食卓。
冷凍技術のおかげで肉や魚は本当に充実してたけど、久しぶりに食べる果物のおいしさは本当に感動的でした。

あとは、共に昭和基地で過ごした60次夏隊や家族からの差入れや手紙。

日本を出発した2018年11月。
4歳だったちびすけは5歳になって順調に?やんちゃ坊主に。
生まれたばかりで寝転がるだけだった長女はトコトコと歩き回るように。

並んだ足跡アートを眺めてるとやっぱ1年って長いなぁとしみじみ思う。

他に感じたのは、すでに結構疲れて出涸らし状態の60次と、フルチャージで元気いっぱいの61次とのギャップ。
なんか61次が眩しい!
去年の今頃は自分たちもこんなに元気いっぱいだったんだろうなぁ。

閉鎖的環境の中で過ごしてた時間が長いから、自分の中でも変化に戸惑ってるとこをちょいちょい感じる。
鎖国してた日本が開国した時はこんな気分だったのかも、と思うとちょっと面白い。

そんな昭和基地の生活もあと1ヶ月弱、日本に帰るまで2ヶ月半。
つくづく奥さんには頭が上がらないなぁと思いながらのラストスパートです!

沈まぬ太陽

南半球の夏至を迎え、白夜真っ盛りの昭和基地。
天気さえよければ存分に沈まぬ太陽を眺めることができる日々。
おかげで残業が捗ること捗ること。
そんなありがたくも恐ろしい白夜についてちょっとメモっておこうかと。

さっそくだけど、これが今の夜中の太陽。
12/24~25にかけて日付をまたいだ2時間弱のタイムラプスです。
太陽が一番低くなる24時前後でも太陽は沈まず、地平線のちょっと上を水平飛行。
すぐにまた高くなって1日のほとんどが青空になってます。

そもそもなんで白夜/極夜が起きるかというと、地球の自転軸が公転面に対して傾いてるから。
文字で書いても分かりにくいんでとりあえず図をどうぞ。

暦wiki@国立天文台より引用

地球が南半球を太陽側に向けてるせいで南端はどう回ってもずっと太陽光があたった状態、これが地上から見ると太陽が1日中沈まない白夜。
逆に北半球は太陽と逆側になっているせいでどう回っても太陽光が当たらず、1日中太陽が昇らない極夜になってます。

衛星画像で真夜中の地球を見ると、南極付近が明るいまま。2019/12/26 0:00ひまわり可視画像@気象庁より

逆に真昼でも北極周辺はぼんやり暗くなってます。2019/12/26 12:00ひまわり可視画像@気象庁より

北極がずっと暗く、南極がずっと明るい様子は動画だとさらに良く分かる。

ひまわりリアルタイムWeb@NICTより

こうして1日中明るい白夜の昭和基地。
今は気温も日中はちょっとプラス、夜にはいちよ下がってマイナス1桁ってとこ。

色々作業・調査するなら今しかない!ってことで越冬明けの越冬隊と、翌年の夏&越冬隊が合同で慌ただしい夏を過ごすのが南極の夏の定番。

間もなく61次隊が昭和基地に到着して、各種物資の輸送、引継ぎ、作業と慌ただしさがさらにアップ。

さすがに元旦は休日ってことになってるけど、そこはお天気屋さんの悲しさ。
元旦も気にせず普通に仕事です…。
まあ国内にいても同じ生活だったから別にいいんだけど。

ゆっくり休めるのは2月の頭に越冬交代して帰路のしらせに乗ってから。
昭和基地での生活もラスト1ヶ月ちょっと。
なんとか息切れしないように頑張るぞー!!

南極で引越し! 気象棟から基本観測棟へ

60次南極観測隊(越冬隊)の、そして誰よりも気象隊員にとっての一大イベント『気象棟から基本観測棟への業務移転』
これがついに12月2日に実行されました!
基本観測棟での気象観測始まる@昭和基地NOW

ここまでホントにしんどく、長い道のりだった。
というか、まだ続いてるけど。
色々吐き出したいことはあれど、とりあえず今回は“引越し”に焦点を絞ってお届けします。

まずはこちらが気象棟。
14次隊から気象業務の拠点となり40年以上が経過した、昭和基地の中でもかなり古株の建物。

昭和基地が抱えてる問題点として、色んな観測系の古い建物が別個にあるせいで除雪や暖房なんかの管理や効率がよろしくないってのがある。
それじゃ思い切って新しい建物作って観測系を集約しよう!ってことで建てられたのが基本観測棟。
60次隊では電気・設備・内装なんかの作業を進めつつ、移転集約の第一陣が気象部門ってことで準備を進めてきたとこでした。

なんで気象部門が一番乗りかというと、まぁ単純に近くて引越しやすかったってことかと。
道を挟んで目の前だし。

これだけ近いと楽勝じゃん、と言いたいとこだけど、気象棟と基本観測棟をよく見てほしい。

南極の建物は風下にできるドリフト(吹き溜まり)をなるべく軽減するように高床式になってるのが基本。
そして、最新式の基本観測棟は気合い十分な高床っぷり。
気象棟1階→基本観測棟2階の引越しだけど、気分的には2階から3階への引越し作業。
各種観測装置やたんまりある荷物を人力で運ぶにはちょっとツラい。

こんな時こそ昭和基地の底力を見せるとき!

まずは気象棟の目の前にコンテナ置いて、その中にせっせと荷物をつめる

いっぱいになったらフォークリフトで広い場所に動かして・・・

クレーン車に吊り下げたら・・・

あっという間に2階の入り口前。

ここで荷物を運び出し、空っぽになったコンテナはクレーンで吊り下げ、フォークリフトで気象棟前へ。
コンテナ3つ使ってこの作業をグルグルと。
ついでに、気象棟屋上から基本観測棟屋上への観測機器の移転も実施。

そんな華麗な連係プレーをどうぞご覧あれ。

こんな感じの作業を3回やって、やっとこさ引越し作業がだいたい完了。
古い荷物も多いなぁと思ってたけど実際に荷造り&運ぶとホントに多かった!
移転のタイミングでも観測の中断はできるだけ短く留める必要があってとりあえず運び込むので精一杯でした。
手伝ってくれた多くの隊員に感謝!

歴史ある気象棟の看板も建築担当・小山隊員に外してもらい記念撮影。
そのうちどこかに飾る予定です。

歴史あるといえば、こちらの何の変哲もない古そうな棚(右の3個)。
裏を見るとこんなタグが。

『昭和31年10月 納』

昭和31年・・・かなり古い。

しかも。

初代南極観測船『宗谷』が1次隊を乗せて日本を出発したのが昭和31年11月8日。
ま、まさか宗谷に載って1次隊と一緒に来た棚か!?
なんと恐れ多い棚を使っていたんだ・・・。
引越し作業が無かったら絶対に気付かなかった。
“有楽町の壽商店”をググってみると今もコトブキシーティングとして現存してる会社みたい。

戦後間もない頃、日本の意地と底力から始まった南極観測。
そこから脈々と続く歴史の中に確かにいる。

そんなことを実感させてくれた引越し作業でした。

まだ終わってないけど。

基本観測棟の中の整理はもうすぐ来る61次隊にお任せしよう・・・

空に輝く太陽の指輪『幻日環』

内陸旅行から帰ってきて、溜まりに溜まった仕事とひたすら闘うこと3週間。
いい加減に気分が煮詰まってきたところに久しぶりの野外オペ。
雪上車に乗って初の沿岸エリアへ!

向かったのは昭和基地から約30km離れたラングホブデ。
目の前に広がる南極らしさ溢れる景色に心が生き返るのを感じるひと時。

でも、やっぱり南極。
きれいだな、だけじゃ終わらない。

太陽が沈まない白夜が始まり、気温も日中0℃近くまで上がるようになったせいで海氷が融け始めた。
これまでは固く凍ってたクラックも氷が緩み、危なそうなところでは道板を渡して進む。

はぐれペンギンとの出会いも素敵だったけど、水たまり&ボロボロになった海氷はちょっと落ち着かない。

そして渡れないとこは渡れない。

色んな意味で夏になったことを実感しつつ、消化不良な野外オペ終了。

自然相手だから予定通りにいかないのは仕方ない。
かなり残念だったけど、その変わりに素敵なプレゼントをくれた。

薄雲が広がってたこの日。
きれいにハロ出てるなーと眺めてた。
お、いつの間にか幻日もちょっと出てる。

あれ、幻日から横にのびるラインも見えるような…

のびてる。めっちゃのびてる。

ってか空を1周しとる!!

空全体を使った見事な太陽の指輪、これが『幻日環』。
向きが揃って上空にただよう六角柱の氷晶側面で太陽光が反射することで見える現象。

太陽~幻日を繋ぐラインは幻日とセットで出ることもあるけど、丸っとフルサイズで出ることは相当レアらしい。
ぼくが見たのも初めて。
その大きさと不思議な光景にかなり感動…

惜しむべくは手持ちのレンズじゃ広角が足りず全体像を捉えきれなかったこと。
でもまぁなんとか分かるくらいには撮れたからよかったのかな。

相棒OM-D E-M5で使ってる主力レンズは35mm換算で24-80mm。
ハロを撮るとこんな感じ。

そしてボディキャップにレンズが付いた、なんちゃって広角レンズを使うと35mm換算で18mm。
これだけ余裕のある絵になる。
ほんとにもう少しだけ広ければ幻日環もバッチリだったんだけどな…惜しい。

ボディキャップというだけあって小さいし、何より手ごろな値段で広角気分が味わえる。
マイクロフォーサーズ使いで空が好きな人は持っといて損しないかも。

久しぶりの昭和基地!

南極大陸内陸部での活動のため、内陸旅行隊として昭和基地を離れたのが10月18日

6人の仲間と、3台の雪上車。

無限に広がる白い大地をひたすら進む。

風が作り出す雪の造形:サスツルギの荒波も超えつつ…

移動と作業、そして車中キャンプの日々。

昭和基地から270km離れた標高2230mのみずほ基地。
ここに天文台を作ろう!とか言ったとか言わなかったとか。

最終的にはさらに奥、昭和基地から約350km、標高約2500mのあたりまで行ってきました。

共に旅した内陸旅行隊の仲間たち。
そして、越冬隊員31人のうち6人が抜けた状態で昭和基地の生活や業務を維持した仲間たち。

2週間ちょっと、それぞれ大変な時間だったと思う。
本当にお疲れさまでした。

内陸旅行がどんな生活だったか、どんな作業してきたか。
ぼちぼちと紹介してこうと思います。

最後に、帰ってきた昭和基地で記念撮影。
よりもい愛があふれる隊員の力作と共に。

完成度高けーなオイ。